出口治明『「任せ方」の教科書』

 最近、ルーチンの業務に埋没している。まだ課長になっていないものの、このままではプレーイング・マネージャーどころか、マネージャーもどきのプレーヤーにしかなれない。いや、マネージャーにさえなっていないのだから、それすら高望みかも。

 と時折弱気になりながらも、正真正銘のマネージャーになるべく、ライフネット生命保険の創業者、出口治明氏の『部下を持ったら必ず読む 「任せ方」の教科書 「プレーイング・マネージャー」になってはいけない』を読んだ。

 権限は、一度与えたら、あとから取戻せない。そして、上司は、部下の権限を代行できない。部下に仕事を任せるときは、権限と責任をセットにしてから任せる。そして、権限は一度与えたらあとからは取戻せず、上司は部下の権限を代行できない。でも、部下がミスしたらすべての責任を負わせるわけにはいかない。部下のミスには問答無用で責任を取らなければならないのだ。
 刑法第38条には「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。」とあるが、刑法とビジネスは違う。「知っていようが、知っていまいが、部門の責任を取る」のが上司である。
 上司になるとは、かように厳しいものなのか。

 部下の勤怠をチェックしたりサボらないか始終見張ったりするのではなく、部下に権限を与えたうえで、具体的、かつ的確な指示を出す、それこそが労務管理である。指示というと単方向のコミュニケーションを想像しがちだが、的確な指示は双方向のコミュニケーションでなければならない。指示の文言が一字一句、言語から論理まですべて明瞭だとしても、それが部下に伝わらなければ意味がない。上司は的確に伝えるべく努力しなければならないし、部下も腑に落ちるまで確認する義務があるのだ。

 ほうれんそうは上から下へ。
 上司とは本質的にうっとうしい存在である。そのような上司に自発的にほうれんそうしてくる部下は、よほど優秀か、あるいは、ただの太鼓持ち。ならば、上司から部下にほうれんそうをしてしまえばいい。

 部下から愛されているわけでもなければ、圧倒的な能力があるわけでもない、大多数の平凡な上司なら、できるのは「必死に働いている姿を見せる」のみ。

 結局、ハードワークが先にあってこそ、任せられるだけの土壌ができるのか。